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COLUMN

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“FRONTLINE” 2012年4月号
特集:
 
廃棄される巨大潜水艦

今年1月に施行されたユークトバニア・オーシアによる包括的軍備管理計画は新たな段階に入った。史上最大の戦略原潜の廃棄。環太平洋戦争後、戦時体制からの転換を盛んに喧伝した両政府にとって、これ以上の「軍縮の象徴」はないだろう。冷戦期に生まれ、ホット・ウォーを生き延びたその巨体。誰にも見えず、ただひたすらに人々へ恐怖を与える存在は確かにあった。それが今、地球の裏側へ捨てられる。

上等なスクラップ

ユージア大陸北部スナイダーズトップ。我々視察団を乗せたヘリはタンデムローターを唸らせ、洋上プラットフォームから離れる。窓の向こうに広がるのは北洋の緩い日差しを纏う濃霧。視界は悪いが、目を凝らすと徐々に黒い影が見えてくる。

漆黒のトリマラン・ハルを持つ潜水艦が我々の眼前に姿を現す。全長約550m。航空母艦をはるかに超えるその巨体は移動する小島とでも形容すべきだ。北の海を静かに進むその威容は圧倒的で、曳航している4隻の大型オーシャンタグすらも小さく見える。子供のころに捕鯨船の帰りを目の当たりにした時を思い出した。

近づくにつれて同乗者達に笑みがこぼれる。私の隣はユークトバニア極東軍管区のグロモフ司令官。その真向いはオーシア連邦ホーランド通商代表。二人は振る舞われたチーズとワインで早速乾杯しはじめた。前席の中央ユージア政府ステッドラー外務次官はスマートフォンでの撮影に余念がない。少し前までの軍最高機密が今やSNSで瞬時に拡散される時代だ。私もタイトスーツに身を包んだ女性に飲み物を尋ねられたが、ひとまず熱い紅茶を頼んだ。後席ではスーツ姿のメディア2名が大仰なカメラを構え、窓の向こうを連写している。私のようなラフで軽装なアナリストは少数派だ。

アテンドを担当したGRトレーディング本社の広報室長によって潜水艦の移送状況が説明される。昨年締結されたユークトバニア・オーシア両政府による戦略兵器削減条約の履行に基づき、本船は今年1月に建造元のオクチャブルスクB4特区にて武装解除。4週間に及ぶ合同調査ののち、2月17日に移送を開始。随伴する警備艇と共に2週間にわたり公海上を牽引航行。本日中に中継地点のST洋上プラットフォームAサイトにて再調査と入管手続が行われ、5日後に解体を担当するポートエドワーズのGRトレーディング本社へと移送される予定だ。

船は潜航ができない様にバラストタンクへ弁が施されており、さらに多重な不正防止策として甲板へは復興支援物資や車両が並べられている。「オーシア製の誇るべき高機動車だ」。ホーランド氏は満足げだ。グロモフ司令官は大きくうなずきながら言う。「この船は既に兵器ではなく、入念な共同管理によって上等に仕上がったスクラップだ」

この巨大な「スクラップ」、我々にとって初見ではない。遡って2000年頃に界隈を賑わせたことがある。以前から軍事アナリストの間ではユークトバニア海軍による戦略級ミサイル潜水空母の新型艦の噂があった。1番艦であるシンファクシ、2番艦リムファクシに次ぐ3番艦、あるいはそれをベースとした新艦級「超シンファクシ級」だとされていた。それが決定的になったのは時の首相ニカノールによって展開された“グラスノスチ(体制改革を推進する情報公開)”からだ。

そこで明らかになったのは「プロイェクト・アリコーン」という名と設計図面の一部だ。ユーク語で「プロイェクト」は艦艇の設計段階での名称。「アリコーン」は有翼の一角獣だ。有翼はおそらく主船体の左右に張り出した巨大な推進用副船体。一角獣が意味するものは甲板に見える航空母艦機能を指すものだとされた。“ユークトバニア新海軍第4設計工廠”とスタンプされたこれらの画像ファイルは世界中の軍事評論家達の手に渡ったが、同時に情報の改ざんを行おうとする何者かによってオリジナルの所在が不明瞭になった。

今でこそユークの軍事情報は容易に手に入るが、2000年の冷戦明け直後はまだまだ制限されていた。物知らぬメディアが出処不明の情報で好き勝手に推測していたのが思い出される。なかには64基4列のSLBM発射管を備えた256発の核を搭載する終末戦争艦、などという荒ぶる妄想もあった。

私の眼下にあるスクラップは、それらがどれだけ当たっていたのだろうか。

廃棄船の行き先

昨年4月に再任したニカノール首相がハーリング大統領と共に掲げたのはユークトバニア・オーシアの完全なる関係修復だ。その一手として着手したのはSTART-3(第3次戦略兵器削減条約)の締結。アークバード宣言以来となる本格的な核兵器と戦略兵器群の削減だ。いずれも処分にカネがかかり、譲渡もしにくいという「お荷物」だ。

プロイェクト・アリコーンはそうしたもののひとつだ。
その理由は前年の環太平洋戦争下におけるシンファクシとリムファクシにある。両艦とも多大な時間と予算をかけてオクチャブルスク郊外の地下ドックで建造され、1991年に「新時代の戦艦」としてベールを脱いだ。しかし実際には構造的欠陥を有しながら建造されていたとの内部告発もあった。更に現実の実戦配備は建造から約20年後の環太平洋戦争であり、しかも活躍を見せることなく両艦とも任務遂行中の事故で沈没している。アリコーンはその設計概念を肥大化させたものであり、なおかつ未完成品だ。お荷物と言われても仕方ない。

そこに名乗りをあげたのがGRトレーディング社だ。この会社はユージア民間復興整備事業で株を上げたGRグループの中核を担う商社であり、廃棄艦艇の購入と解体にかかる費用の半分をかってでた。さらにFCU政府に対し、外国人技術者獲得の好機と働きかける。
ユージア発の一大コングロマリットであるGRは今回の受託によってユーク・オーシアの資本も巻き込むこととなり、真の多国籍企業体への脱皮を図ろうとしている。両国にとっても廃棄船の解体にかかる技術と人員の大部分を民間へ委託する事により、自国の復興活動に注力できるのは魅力だ。2011年9月、3か国は廃棄艦艇のユージア受け入れに合意した。

数日後に本船が入港するポートエドワーズはGRグループの本拠地であり、「ユージア・ビッグ8」と呼ばれる巨大造船拠点のひとつがある。巨大な船体を収めるのにこれ以上の場所はない。とはいえ、これが入港した日には同社の望まぬ騒ぎになるだろう。「ユージア南部では国際軌道エレベーターが建てられるというのに、北部は外国の廃棄物を受け入れるのか」。市民の間で不満は高まっており、既に活動家らがSNSを通じて大規模なデモを呼びかけている。

我々視察団はそれを未然に防ぐため、アリコーンの正しい現状を把握し、世界に伝える事が期待されている。しかしあえて言おう。私の仕事を正しく遂行するならば、この艦が本当にスクラップになるという未来は描きにくい。この艦はなんらかのかたちで第三国へと流出する可能性がある。そう思う理由が三つある。

一つはGRトレーディング社が商社であることだ。商社とはより多くの商品を第三者へと仲介し利益を得る事が生業だ。GRトレーディング社の言うところが本当ならば、第三者とはスクラップ会社となる。スクラップにするには原子炉の解体は避けて通れない。そしてカネがかかる。両政府からも解体費用が出るが、戦争終結から間もない両国だけで全額を拠出するのは無理だとも認めている。屑鉄の売却利益を足しても黒字になるとは考えにくい。

二つ目はGRトレーディング社の昨年の収支報告書だ。GRトレーディング社は主軸となるユージア各国の都市整備事業の他、世界の海上輸送の23%、航空輸送の18%を占めている。だが実際はこの数字の1/3には後方の兵站、つまり装備の調達も含まれている。世界を飛び回る我々の様な人間は、各国の空港、港湾、そして戦場でも「G」マークのついたコンテナが日増しに増えていることを肌で感じている。

そして三つ目は造船事業を担当するGRマリン・アンド・シップス社の存在だ。利益を生まないとされた造船業冬の時代に各国の企業を買収し、徹底したコストカットと独自の資材調達ルートの確保から、そのシェアは2011年時点で世界で造られる海上輸送船舶の35%に及ぶ。ポートエドワーズ造船所もこの会社が経営を行っている。残る「ユージア・ビッグ8」のノースポート造船所、ファーバンティ造船所、デニス造船所、アンカーヘッド・ドック、ダキアーク工廠、コンベース造船所、そしてセントアーク造船所、これら全てにこの会社の息がかかっている。

ここからが本題だが、ここ10年、各地の紛争で沈んだ艦船は実に約4500万トン。そのうち約半分が軍事艦艇だ。近年、この会社はこの部分を狙って、最新鋭艦を除く汎用的な軍事艦艇の受注を始めている。しかしモダンな軍事艦艇に関してはGRマリン・アンド・シップス社には目立った実績がない。その実績作りのためにアリコーンの改装が行われると私は推察する。

そしてその次の話は、当然これの「行き先」だ。同業者の間では今の所レサス、エストバキア、エルジアあたりが最有力候補だと言われている。

私はエストバキアを推している。
レサスは確かに海軍に力を入れている。が、活動範囲が沿海レベルであり、この艦は持て余す。エルジアは暫定自治政府から王制へと移行中であり、世論を気にして表立った軍備増強は行わないだろう。

しかしエストバキアは違う。世界で最も火薬の匂いが強い地域で、東部軍閥の雄グスタフ・ドヴロニク上級大将の提案する「空中艦隊構想」は事実上頓挫しており、オーシア他からの戦略物資輸出規制の圧力でベルカから兵器が購入できない。そして何より大洋に囲まれた海洋国家だ。
再統一に向かうにしても、溜まっている鬱憤を外に向けるにしても、何らかの「迂回路」を通して新兵器を手に入れたいのが本音だ。そしてその欲求をこの艦で満たすことができるだろう。


プロイェクト・アリコーン全貌

窓の向こうは霧が晴れはじめ、船体が詳細に見えつつある。私は広報担当者に右舷からの旋回をリクエストした。
アリコーンはトリマラン・ハルだ。原型とされたシンファクシ級はモノハル+バルジ。この両者の違いはなぜかという疑問を晴らしたかった。目を皿のようにして見ていると、しばらくして航跡波が特に左右ハルとセンターハルの間で静かなことに気づく。そういうことか、と心の中で膝を打った。
あそこには前後に貫くトンネルがある。だから左右幅がシンファクシ級より広いのだ。やはり分析は現物を見るのが最も確実だ。となると考えつくのは電磁推進器だ。20世紀の設計とすると電磁誘導型だろう。
確かにこの巨艦をたった2基のポンプジェットで動かしているとは思えない。スクリューは回転を上げても効率は下がり騒音が増えるだけだからだ。ステルス性を考えれば電磁推進含め計4基の推進器を持つほうが理にかなっている。となると、原子炉は相当に出力に余裕を持ったものを搭載しているはずだ。ユークトバニア製なら溶融金属冷却型原子炉を大型1基か中型2基。ダメージコントロールを考えると中型2基あたりが妥当か。
セイル中央をトンネルで貫く全通式の航空甲板には、重装備の有人機を射出できる蒸気カタパルトと、所々に個艦防御兵装の格納ベイも見える。

ここまで見て、なぜ環太平洋戦争にアリコーンが投入されなかったかの理由がようやくわかった。おそらく先程の電磁推進器と蒸気カタパルトだ。まず電磁推進器だが、電磁誘導型では推力が足りないだろう。また蒸気カタパルトはその構造上レールに開放面があり、潜水すると蒸気発生器とを繋いでいる高圧配管を介して海水が侵入する。おそらくバルブ等で対処しているだろうが、潜水深度、射出準備時間に制限が出るだろう。これは潜水艦としても空母としても致命的だ。

セイル脇に比較的大きなベイが8基、これはリムファクシで運用実績のあるUAVラウンチベイか。おそらくアリコーンの航空機運用モデルは、有人機運用のシンファクシ、UAV機運用のリムファクシの折衷型だ。
UAVに有人機護衛、偵察、観測、誘導を担当させ、有人機が空戦・対地攻撃を担当とすることで、多様な機種を運用する複雑さや、航空要員が増加するのを避けているのだろう。

左右ハルに見えるSLBM発射管は12基4列、計48基。この艦のサイズではやや少ない。SLBM発射管前方の異型のベイは形状と位置から艦砲だろう。
ポンプジェットが半分近く露出している。喫水が浅い証拠だ。曳航するため空虚状態にしているのだろう。驚くことに、この状態で艦首に魚雷発射管が見当たらない。つまり潜水艦の象徴的武器とも言える魚雷を積んでいない。確かに魚雷は射程と命中率に劣る。ましてや潜水艦同士の魚雷戦など夢想家の描く物語に過ぎない。我々の様な立場なら誰しもがそう述べる。それを実践して水中戦闘能力を捨てるとは潔い設計だ。

総合すると、もはやこの艦は既存の戦略原潜や攻撃型原潜とは言い難い。潜水によるステルス航行能力、艦砲とミサイルによるミサイル巡洋艦能力、そして有人機とUAVによる航空母艦能力を兼ね備えた艦。名づけるなら「可潜航空巡洋艦」というのが、より正しい表現だ。

それでは、これをより「価値ある商品」とするにはどうするだろうか。
GRマリン・アンド・シップス社が潜水艦を作った話は聞かない。船体を切った貼ったするのは実際には無理だろう。溶融金属冷却型原子炉は出力的には問題はないので、おそらく原子炉の交換は行わない。セイルの影で見えにくいが、通常の潜水艦に比べれば遥かに大きな開口部を持つ航空機用エレベーターを使った内部機器の更新がメインだろう。
そうなると考えつくのはIEP(統合電気推進)化だ。これならばかなりの高性能化が見込める。もしかしたら艦内容積の大きさを利用してリチウム電池を搭載し、ステルス航行用電源とする可能性も高い。
当然、電磁推進器とカタパルトも入れ替えるはずだ。電磁推進器は高効率なヘリカル型への換装ならば船体構造を変える必要がない。蒸気カタパルトも電磁カタパルトに置き換えれば指摘した問題は解決できる。

兵器類はより大々的に更新されるだろう。
現在搭載している艦砲はおそらく砲熕兵器だ。IEP化によってレールガンに換装するだろう。そしてSLBM発射管。中身のミサイルはユークトバニアで撤去済みだ。だが仮にそれがあったとしても、SLBMはラウンチとブーストフェイズで発射母艦の位置が特定されやすい。MD(ミサイル防衛)も進化していて、かつてほどSLBMの優位性はない。おそらくこの発射管は「戦術兵器化」されるだろう。発射管に多段キャニスターを入れて、中型の対空ミサイル・対艦ミサイル、あるいは巡航ミサイルを詰めこみ、対空・対艦・対地攻撃能力を向上させると推測される。

これに加え当然ソフトの入れ替えも行われるだろう。もはや基本設計だけを使った新兵器が生まれる事は想像に難くない。

「専門家は常に最悪を思い描く。それは生理だが、時代は既に変わっている」。グロモフ司令官は一笑に付す。この可能性が夢想であれば何よりなのだが。

ゼネラルリソース社

随伴する船の汽笛が響きわたり、廃棄船はまもなく中継地点の洋上プラットフォームにたどり着く。ヘリの機内ではタイトスカートの女性が一人ひとりに紙袋を手渡している。どうやらお土産をいただけるらしい。前方のシートでステッドラー外務次官が歓声をあげた。私にも紙袋が手渡された。そこには私の名前が箔押しされた綺麗な化粧箱があった。つい先日、GRフォンテック社から発売された最新鋭のスマートフォンだ。さすがだ。隙がない。遠慮することもできない雰囲気なので、早速箱を開け、窓の外にカメラを向けてみる。

並走する警備艇をズームする。船体には“GRGM”の文字。GRグループの新事業であるGRガーディアン・マーセナリーズ社だ。事業内容は海上護衛となっている。つまりPMCだ。こちらの建前は、大陸戦争後の復興にかかる外洋からの海上輸送船舶が海賊らにより多大な被害を被ったことから、自社船舶の保護の為となっている。装備品はGRマリン・アンド・シップス社が建造した商船構造の警備船だが、武装はなかなかのものものしさだ。将来的には航空輸送部門にも護衛戦力を持つのではという噂も語られるくらい、装備の拡充が著しい。私はふと我に返り、スマートフォンをしまった。

装備の調達の可能なGRトレーディング社、軍事艦艇建造に食い込もうとしているGRマリン・アンド・シップス社、それを運用して実戦経験を蓄積しているGRガーディアン・マーセナリーズ社。

各々の事業ではその目論見は見えにくい。しかし、もっと上の視点で見ると何かが見えてくる気がするのは私だけではあるまい。

今まで我々軍事評論家は大国の軍備や戦争の勝敗、新兵器開発あるいはそれらにまつわる情報を目に見える範囲で判断していた。しかし時代は変わっている。これからはそれらに加えて後方、経済における勝敗、それにまつわる陰謀論も加えていかないと最後の勝者は見抜けない。世界は確実に更新されたのだ。

ゼネラルリソース社(General Resources LTD)。いままさにこの世界は、戦場とは関係ないところで、軍も民も、そして我々軍事評論家も、全てが彼らの資産として取り込まれつつある。